《花御所柿の由来》
今から約210年ほど前の天明年間に、郡家町「花」の農民・野田五郎助という人が大和の国(現在の奈良県)から「御所柿」の枝を持ち帰って、渋柿に接木したのが始まりといわれています。当時は「五郎助柿」とよばれていたそうですが、栽培面
積が広がるにつれて地名にちなんで「花御所柿」と呼ばれるようになりました。
花御所柿は、鳥取県の東部、因幡地方にのみ栽培され、しかもその9割が「郡家町」というところで栽培されている非常に珍しい柿です。
しかも不思議な事にこの「花御所柿」は、「郡家町」の中でもごく一部の限られたところでしか品質の良いものがとれないのです。そこは、旧「大御門村(おおみかど村)」内で、発祥の地「花(はな)」をはじめ、「大門(だいもん)」「西御門(にしみかど)」「殿(との)」「市の谷(いちのたに)」など。なにかしらゆかりのありそうな地名のところばかりです。なぜこの限られた地区だけしか良いものがとれないのか詳しい事はわかっていません。
《花御所柿の栽培》
花御所柿の栽培はとても難しく、へたの割れや果実の表面の汚れが現れやすいなど栽培にはとても苦労しています。また熟れているかどうかの見分けがむずかしいので、収穫の時にも気を使います。
栽培に適している地域がごく限られているので、他の町村や県外などで栽培がなかなか広がらないという理由のひとつになっています。
花御所柿は全国に多くの別名が存在し、わが国における甘柿の文字通り大御所的な品種といえます。

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